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パワハラ・グレーゾーンの判断ポイントと発生後の対応を社労士が解説

パワハラ・グレーゾーンの判断ポイントと発生後の対応を社労士が解説

2022年4月から中小企業にも防止措置が義務化された「改正労働施策総合推進法」(以下、パワハラ防止法)。この法律では企業に対し、その規模を問わずパワハラ対策を実施するよう義務付けています。しかし、実際にハラスメントが発生した場合どのように判断すべきか迷うケースは少なくありません。本記事では社労士が判断のポイントと発生後の対応について社労士が解説します。

1)パワハラの典型的事例

パワー・ハラスメント(以下、パワハラ)の典型的な事例は、下記のようなものです。暴力や暴言など、業務の遂行にあたり必要のない行為が行われた場合はパワハラとして認定される可能性が高いと考えられます。

東海交通機械事件(名古屋地判令4.12.23)

社員Aが、先輩従業員であったBから、日常的に暴行、暴言、陰湿ないじめ行為などのパワハラを受けていたのにも関わらず会社はこれを放置していたという事件です。
AはBから、やるべきことを紙に書いて他の従業員の前で読み上げさせられたり、説教しながら頭を殴ったりされたほか、「お前は会社に要らない人間なんだから早く会社を辞めろ」など日常的に退職を強要されていました。Bの暴力行為によりAは左網膜周辺部変性、左外傷性鼓膜損傷等の傷害を負ったほか、精神疾患も発症していました。
判決では、パワハラを認定し、会社に対し約168万円の支払いを命じました。

地公災基金愛知県支部長事件(名古屋高判平22.5.21)

内容が適切であっても高圧的な業務指導や叱責を日常的に行われたことにより、自殺したZ課長の死が労災にあたるかどうかが争われた事件です。
非常に職務熱心な市職員Y部長は非常に優秀でしたが、話し方が大声かつ命令口調で、感情的かつ高圧的に部下を叱りつけることも多くみられました。Y部長はこのような対応からもともとパワハラ加害者として有名でしたが、その部下として異動してきたZ課長も不安のなかで勤務することになりました。Y部長はまったく未経験の分野の仕事を与えられ、かつ、要求される水準も極めて高いものでした。また、同僚に対しても日常的にパワハラが行われていた環境も相まってZ課長はうつ病を発症し、自殺を選ぶことになりました。
地裁判決では公務起因性は否定されたものの、交際判決では、公務の内容から来る心理的負荷と人間関係から来る心理的負荷を総合して自殺の公務起因性が肯定されました。

2)パワハラのグレーゾーン事例

パワハラのグレーゾーンとなる事例は下記のようなものです。典型的事例のように明確な暴力行為や暴言は見られないものの、業務の遂行には直接必要ない口出しや私生活への干渉が行われるなどの事例があります。
①~④の事例について、パワハラに当たるかどうかの判断については「3)パワハラのグレーゾーンを判断するポイント」をご覧ください。

事例① 社員を「うちの子」と呼ぶ人格者の経営者

社員のことを「うちの子」と呼んでいる経営者Aは、社員のことを苗字の呼び捨て、お前と呼んだりする。A自身は人格者であり社員たちから慕われているが、最近入社した社員から「気分が悪いので名前で呼んでください」と言われ、困惑している。その新入社員ははっきりものをいう性格で、横柄に感じられるときもあり、他の社員からも反発が出ている。

事例② オンラインミーティングでのアバター使用

在宅勤務している後輩とミーティングを行う際、後輩の顔がアバターだったため、アバターを解除するよう伝えた先輩社員B。ミーティングは素顔に戻って行われたが、後日、後輩社員が「取引先での商談ではないし、自宅の様子を見せたくない。プライバシーの侵害に当たるのでは」と社内の相談窓口に相談していたことが分かった。

事例③ 飲み会にお酒が飲めない社員を誘わない

社員Cは体質もあり酒が飲めず、営業の仕事でも酒の席を苦手としている。それを知っている同僚が幾度か飲み会に誘ったところ、社員Cから飲めないことを理由に断られた。そのようなことが数回あったので、Cのことを自然と誘わなくなっていった。飲み会では仕事の情報交換も多くなされており、社内でCだけが知らない情報も徐々に増えている状況に、Cは「パワハラではないか」と感じている。

事例④ 不妊治療の特別措置としての在宅勤務

不妊治療に取り組んでいることを告白してきた部下の治療を支えるべく、課長Dはテレワークと時短勤務の併用を認めた。その事情は社内で秘密にしてほしいと言われたため、課内にこのような勤務形態になった理由は課長Dは伝えていない。そのため、その部下だけが特別扱いされていると他の社員が感じるようになり、課内の雰囲気が悪くなっている。



3)パワハラのグレーゾーンを判断するポイント

パワハラの定義は、「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」を指します。
このうち、グレーゾーンの判定においては②の要件が重要です。

パワハラと考えられる言動が業務上必要なものであり、第三者が見ても妥当な範囲であれば、パワハラに該当するリスクは低減します。
逆に、パワハラが起こったとき、「だれがどう見てもパワハラ」というものは、パワハラと認定される蓋然性が高くなると言えるでしょう。

下記はあくまでも判断の一例ですが、ご参考までにお示しします。

事例①の判断 

社員を「うちの子」と呼ぶのは、社員と経営者が対等な目線ではないことの現れです。言葉には意識が現れるため、要注意なのです。経営者Aは人格者で慕われているとのことですが、人の内心はわかりません。パワハラと感じながら受け流している社員もいることを想定し、即時に改めたほうがよいでしょう。

新入社員の言い分のすべてが正しいわけではないと思いますが、この「名前で呼んでほしい」というのは個人として当然の要望です。
最近では階級や役職で呼びあうことも対等な関係性を構築しづらいため、職位を問わず「苗字+さん」という呼び方で統一している企業も多く存在します。

事例②の判断 

この例では社内のミーティングであり、社員Bも後輩社員も素顔を知っています。この場合、アバター使用をすることでただちに問題が生じることは考えにくく、アバターではなく素顔で参加する必要性は低い状況です。素顔でのミーティング参加を強要することが直ちにパワハラにあたるかは難しい判断ですが、どのように声をかけたか、頻度はどうだったか、背後の自室の様子に言及するなどの事実があるかどうかによって、パワハラとして取り扱われる可能性が変動すると考えられます。

事例③の判断 

任意の飲み会に誘わないことがただちにパワハラに該当するわけではありません。
ただし、この事例のように情報共有がなされていない、またはそこで情報共有をすることについてCだけが知らないという状況が続き、業務の遂行上支障をきたすレベルになればパワハラとして認定される可能性が高いでしょう。
また、任意の飲み会だけではなく、職場の行事などでも声をかけない、行事の情報にアクセスできないというような状況であればパワハラにあたります。

事例④の判断

不妊治療は極めて個人的な情報なので、本人の同意なく開示してはなりません。したがって課長Dが守秘をすることは正当な行為です。この場合、本人がこのような特例的な扱いを周囲に認めてもらえるだけの姿勢を示しているかという点も大きく影響しますが、まずは他にチーム内の不満やトラブルがないかどうかを確認しましょう。チーム内の人間関係を改善することが集団圧力によるパワハラを防ぐことになります。
この状態が継続し、本人にとって不利益な状況になるとマタハラにも発展しかねません。その前に状況の改善が必要です。






4)パワハラの発生後の対応

パワハラが発生した場合、会社としては下記のような対応を取る必要があります。

①相談窓口によるヒアリング

パワハラ防止法により、企業には相談窓口の設置及び相談への適切な対応が義務付けられています。窓口に相談したことで相談者が不利益な取り扱いを受けないよう、日ごろから周知していくことも重要です。
相談を受け付ける方法も対面、メール、電話など複数のツールを用意しておくことが望ましいです。その方法も社内掲示や社内イントラネットなどにあらかじめわかりやすい方法で案内しておきましょう。

なお、窓口対応における注意事項として、下記のようなものがあります。

・窓口担当者がパワハラの有無について自己判断してしまう
・窓口担当者が意図せずセカンドハラスメントを行ってしまう
・窓口担当者が情報共有の範囲、了解を得ずに第三者にハラスメントについて口外してしまう

このようなことが起こらないよう、窓口担当者に対する研修・教育を行うことも重要です。
最近では社外の相談窓口を設置する企業もあり、当事務所にもそのようなご要望が増えています。


②事実確認の確認

被害者からのヒアリングが終わったら、被害者本人の了解を得た上で、加害行為をした対象者や第三者に事実確認を行います。
対象者は本人に加害したという意識がないこともあり、また、実際加害行為がない場合もままありますので、対象者のプライバシーにも十分な配慮が必要です。
この際のポイントとして、被害者と行為者の事実行為の確認を行う際、その日時や詳細にずれがある場合はその点をきちんと確認しておくことが重要です。
また、事実行為のずれはないが、その内容について食い違いがある場合は双方がどのように認識しているかも確認します。

相談者と相手の意見が一致しない場合には、その行為の目撃者や関係者から追加でヒアリングを行います。この場合情報の漏洩を防ぐためにも、第三者ヒアリングは少人数に絞って行う必要があります。

③対策の立案と処遇の決定

ヒアリングと事実確認の調査が完了したら、主に下記のような観点からどのような対策と処遇をどのように行っていくかを検討します。

・実際にパワハラと思われる内容があったかどうか。あった場合はその被害の程度、事実についてどのように判断するか。
・行為者、被害者、場合によっては第三者も含めた第三者について人事異動、配置転換を行う必要性の有無。
・謝罪など、被害者の行為者に対する処遇の希望の有無と、妥当性の判断。
・行為者に対する処分をどのように行うか。懲戒処分にするのか、口頭での注意にとどめるのか。懲戒処分を行う場合はどの程度が妥当かを裁判例などから検討する。
・再発防止措置をどのように講じるか。トップメッセージの再発信や、ハラスメント研修の実施なども含めて会社としてどのような対応をとっていくか。

④対策と処遇の実行完了と再発防止策の実施

こうした対策案と処遇が決定したら、被害者・行為者に対し情報の共有を行い、会社としての方針を伝えます。
その後、すみやかに決定に従い実行します。

再発を防ぐためにも、ハラスメントに関するトップメッセージの継続的な発信と、ハラスメントに対し同じ認識を得るために、労使双方が定期的にハラスメント研修を受けることが重要です。また、相談窓口に関する周知の徹底もあわせて行っていきましょう。




5)村井社会保険労務士事務所のハラスメント対策メニュー

当事務所では実際の労務対応の実績をもとにしたハラスメント研修及びハラスメントが起こりにくい組織づくりを視野に入れた労務顧問を行っています。
また、社外相談窓口についてもご相談に応じますので、お気軽にお問い合わせください。








この記事を書いた人

村井 真子Murai Masako

社会保険労務士/キャリアコンサルタント。総合士業事務所で経験を積み、愛知県豊橋市にて2014年に独立開業。中小企業庁、労働局、年金事務所などでの行政協力業務を経験し、あいち産業振興機構外部専門家を務めた。地方中小企業における企業理念を人事育成に落とし込んだ人事評価制度の構築・組織設計が強み。

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