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精神障害・発達障害のある社員を雇用する際の採用と雇用管理の留意事項

精神障害・発達障害のある社員を雇用する際の採用と雇用管理の留意事項

企業には障害者の雇用義務が課せられています。しかし、採用段階における情報の扱いや、入社後の合理的配慮に関して誤解や萎縮があるのも事実です。本記事では、社労士の視点から「採用時」「採用後」の対応を整理し、次の3つの観点から具体的な解説を行います。(なお、本記事では法令上の用語として「障害者」という表記を採用しています。)


1)精神障害・発達障害者の雇用をめぐる現状

障害者雇用と法定雇用率

日本の企業における障害者雇用は年々着実に進展し、2024年時点で民間企業に雇用されている障がい者数は約67.7万人と21年連続で過去最高を更新しました。これに伴い、常用労働者に占める実雇用率も2.41%と13年連続で最高値を更新しています。一方で、法定雇用率(民間企業では現在2.5%)を達成している企業は全体の46.0%にとどまり、前年から4ポイント以上低下しました。
参照:令和6年 障害者雇用状況の集計結果|厚生労働省


これは2024年4月に法定雇用率が2.3%から2.5%へ引き上げられた影響で、多くの企業が新基準の達成に苦戦しているためとみられます。なお、雇用義務の対象も2026年7月には37.5人以上まで段階的に広がることが決定しており、制度面のハードルが上がる中で半数以上の企業は未だ法定率を満たせていない現実が浮き彫りとなっています。

企業規模や業種によっても雇用状況には差があります。一般に大企業ほど障害者雇用が進んでおり、従業員1,000人以上の企業では実雇用率が平均2.64%、約55%の企業が法定率を達成しています。一方、規模の小さい企業ほど未達成が多く、従業員40~100人規模では実雇用率が2%未満にとどまり、法定率達成企業は半数以下です。特に新たに義務化対象となった従業員40人前後の小規模事業所では、達成企業率は3割強に過ぎません。

法定率を満たしていない企業の約6割近くは障がい者を一人も雇用していない状況であり、まず雇用の裾野を広げることが課題となっています。

精神障害・発達障害者の雇用は増加傾向

このような状況において、精神障害者および発達障害者の雇用は近年大きく伸びています。

2018年の法改正で精神障害者の雇用が企業の義務に加わって以来、このカテゴリーの雇用者数は急増しました。前掲の厚労省調査によれば2024年の精神障害者雇用者数は150,717人(前年比15.7%増)であり、今後もこの傾向は継続するものと考えられます。

また、発達障害者の雇用も進んでいます。2023年の調査では、発達障害を持つ障害者の雇用者数は91,000 人に上りました。
参照:令和5年度 障害者雇用実態調査の結果を公表します|厚生労働省

これは平成30年度の調査で得られた39,000 人の3倍近い数字です。発達障害は制度上「精神障害者」の一部として扱われますが、厚労省の別な調査によれば医師から発達障害と診断された者の数の推計値は872千人で、うち障害者手帳所持者の割合は79.1%に上りました。障害者雇用率制度の上では手帳の所有者を実雇用率の算定対象としているため、こうした手帳取得者の増加も雇用者の増加につながっていると見られます。参照:令和4年 生活のしづらさなどに関する調査 結果の概要 |厚生労働省

精神障害・発達障害者への障害者雇用をめぐる課題

近年、障害者雇用においては「雇用する人数(量)」の拡大が進む一方で、「質的な課題」も注目されるようになっています。とりわけ、採用後の定着支援や職場環境の整備は喫緊の課題といえるでしょう。

2024年4月の障害者差別解消法の改正により、民間企業にも障害者に対する合理的配慮の提供が法的義務化されました。これを受け、企業では雇用後のフォロー体制の構築が進められており、民間会社の調査によれば、入社後に定期面談などで配慮事項を確認している企業は9割超にのぼります。特に大企業ではその傾向が顕著で、従業員1,000人以上の企業の多くが対応している一方、従業員100人以下の企業では約24%が「面談を行っていない」と回答しており、企業規模による対応格差が見られます。
参照:企業の障害者雇用における合理的配慮」に関する調査結果を発表|パーソルダイバース株式会社

ただし、合理的配慮への取り組みには課題も少なくありません。調査では、企業の約55%が「合理的配慮の実施に課題がある」と回答しており、その背景には、専門人材の不足や、社内への周知・理解の不足、どこまでが「過重な負担」に該当するかの判断の難しさが挙げられています。
また、精神障害者と共に働く職場では、上司や同僚の心理的な負担感も大きな課題です。パーソル総合研究所の調査によると、共に働くことでポジティブな体験を得た人が約7割にのぼる一方、約4割が「精神的な負担が大きい」と回答しています。さらに、こうした負担感を持つ上司や同僚は、精神障害者に対してネガティブなイメージを持ちやすく、支援的行動が減少する傾向があることも示されています。その要因としては、配慮事項の多さそのものではなく、業務マネジメントの難しさやコミュニケーションの困難さなどが大きな影響を及ぼしているとされています。
参照:精神障害者と共に働く上司・同僚の負担感とその要因 ~調査から見た精神障害者雇用の現状と課題~|パーソル総合研究所

このように、法制度の整備により障害者雇用が急速に進んだ一方で、受け入れ現場のサポート体制の整備が追いついていない現状があります。したがって、今後は現場社員への障害理解に関する研修の充実や、相談・支援体制の構築がいっそう重要になるでしょう。

法令が整備されたことで急速に障害者雇用が進んだものの、受け入れ現場のサポート体制整備が追いついていないという点が課題として浮き彫りになっており、現場社員への研修や相談体制の強化が今後ますます重要になると考えられます。

2)採用段階における精神障害・発達障害についての対応

こうした状況を踏まえ、企業に求められるのは採用段階からの適切な情報収集と、合理的配慮の準備です。次に、精神障害のある方が面接時に申告した場合、あるいは申告がなかった場合の対応について見ていきます。

申告を求めることは可能か?

精神疾患の既往歴や現在の通院状況など、健康情報の取り扱いは非常にセンシティブです。採用面接の場で精神疾患の有無を直接的に問うことは原則として推奨されませんが、職務上の安全確保や合理的配慮の提供を目的とする場合には、以下の条件を満たせば一定の聴取が認められます。
・その職務において安全配慮や体調管理が不可欠であり、健康状態が職務遂行に重大な影響を及ぼす場合であること
・その旨と利用目的を事前に説明し、応募者本人から同意を得ていること
・最小限の範囲にとどめ、本人の人格権やプライバシーに配慮していること


なお、申告された情報は「要配慮個人情報」として個人情報保護法の厳格な取り扱い対象です。取得後は適切な管理体制を整備し、取扱について定める必要があります。

採用後の告知や発覚があった場合の対応

内定後または就労開始後に、精神疾患・発達障害があることが本人から申し出られるケースは少なくありません。その場合、企業としてとるべき対応はに慎重さが求められます。

まず重要なのは、「精神障害があること」自体を理由に内定を取り消すことはできないという点です。内定取り消しが認められるには、労働契約法第16条に基づき「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が求められます。

具体的には以下のように判断していきます。

・採用内定時点では予見できなかった事実であるか
・症状が職務遂行能力に著しい支障を与える状態であるか
・入社延期や配置転換などの他の選択肢をとることで雇用継続が可能か


例えば、うつ病による軽度の不調であり、一定の配慮により就労可能であれば、内定取消は不適切とされる可能性が高いでしょう。本人の意思や症状の経過を丁寧に確認し、合理的な対応を探るべきです。

3)精神障害や発達障害のある者を雇用・配置する際の注意点

「合理的配慮」は特別扱いではなく“土台”である

(法第35条)と「合理的配慮の提供義務」(法第36条の3)を企業に課しています。

合理的配慮とは、能力を発揮するために必要な支援措置であり、特別扱いではありません。

発達障害を含む精神障害者への合理的配慮の例には以下のようなものが含まれます。
・指示は口頭ではなく書面や図解で出す、順序立てて伝える
・スケジュールや業務量を見える化して共有する
・感覚過敏がある場合には、耳栓やサングラスの使用を認める
・通院などへの配慮として、勤務時間の柔軟性を認める
・周囲の社員への説明と理解促進(本人の同意が前提)

業務上のミスや不適応が見られるときの対応

「ケアレスミスが多い」「コミュニケーションが難しい」などの声があがった場合、すぐに異動や降格を検討するのではなく、まずは原因分析と職務遂行の支障を改善する工夫を検討します。

例:
・マニュアルを見直して視覚的にわかりやすくする
・上司や相談担当者を明確にし、1on1でサポートする
・集中力が切れやすい場面では休憩のタイミングを調整する

業務における「成果」だけでなく、「どのような環境でならその人が力を発揮できるのか」という視点が必要です。

配置転換は慎重に:一方的な異動は「差別」にもなりうる

「今の部署は合っていないように見えるので、異動させよう」という対応は慎重に検討すべきです。配置転換も、合理的配慮の一環としてPDCAで運用するべきであり、次のプロセスが求められます。

1.本人と話し合い、業務上の困難と支援方法を洗い出す
2.支援(合理的配慮)を施して一定期間経過をみる
3.それでも困難な場合に、本人の理解を得て異動を検討する

障害を理由に一方的に異動を強行した場合、「不利益取り扱い」として法的問題に発展するおそれがあり、十分な注意が必要です。

4)募集・採用段階での注意点:求人の分離と賃金制度

障害者枠の設定はOKだが、待遇に一律の差をつけるのはNG

障害者専用の求人枠を設けること自体は、障害者に有利な措置であるため差別にはあたりません(厚労省通達でも容認しています)。

ただし注意すべきは、「障害者専用の賃金テーブル」や「契約社員扱いの固定化」など、合理的な評価なく形式的に一律の待遇差を設けることは、禁止された差別に該当するということです。

上記を正当な取扱いとするには次の3点が必要です。

・職務内容に応じた職能評価があること
・合理的配慮を前提として業務遂行可能な環境が整っていること
・パート・有期雇用であっても「均衡待遇」が確保されていること(パート有期法第8条)

5)村井社会保険労務士事務所の発達障害者への雇用支援

企業の多様性推進とインクルーシブな職場づくりが求められる今、発達障害のある方の雇用は、単なる制度対応にとどまらず、職場の生産性やチームの柔軟性を高める鍵ともなり得ます。

当事務所では、発達障害に関する知識を有する社会保険労務士が在籍しており、採用から定着支援まで、企業の実情に即した雇用管理アドバイスを提供しています。合理的配慮の検討、職場内での業務設計、上司・同僚へのサポート体制整備に至るまで、きめ細かな支援が可能です。

また、発達障害を含むDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)推進の体制整備についても、制度設計・社内研修・評価制度への反映などを一貫してご支援いたします。

さらに、職場内の無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が原因で発生するハラスメントリスクへの対応として、発達障害の理解促進を含むアンコンシャス・バイアス研修プログラムもご用意しています。実際の職場課題を踏まえた実践的な内容で、管理職や現場担当者の意識変革を後押しします。

顧問契約をご希望の企業様には、日常の労務相談から制度構築、障害者雇用の定期的なモニタリングまでをワンストップでご提供いたします。まずはお気軽にお問い合わせください。

まとめ:企業ができる「公平な雇用」のために

精神疾患や発達障害のある社員に対して、企業が求められるのは「平等な取り扱い」ではなく、「公平な機会の提供」です。

・障害を理由に採否を決めるのではなく、職務とのマッチングで判断する

・特別扱いではなく「合理的な土台」として配慮する

・課題があった場合はまず工夫と対話で改善を試みる

・配置転換や待遇変更は本人の納得と評価を踏まえて慎重に進める




採用段階であれ、雇用管理であれ、「一律のルールで線引きする」のではなく、「その人がその職場でどうしたら働けるか」という視点を持つことが、真のダイバーシティ&インクルージョンにつながるのです。





この記事を書いた人

村井 真子Murai Masako

社会保険労務士/キャリアコンサルタント。総合士業事務所で経験を積み、愛知県豊橋市にて2014年に独立開業。中小企業庁、労働局、年金事務所などでの行政協力業務を経験し、あいち産業振興機構外部専門家を務めた。地方中小企業における企業理念を人事育成に落とし込んだ人事評価制度の構築・組織設計が強み。

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