企業が新たに従業員を雇用する際、「身元保証書」の提出を求めることがあります。これは、万が一従業員が企業に損害を与えた場合に、その損害の一部を保証人が負担するという契約書類です。しかし、その内容や有効性、適切な運用方法については、意外と誤解が多いのも事実です。
この記事では、社会保険労務士の視点から、身元保証書の法的性質、有効にするための要件、注意点、企業がとるべき対応策などについて詳しく解説します。
「身元保証書」とは何か:法律上の位置づけ
身元保証書は「身元保証契約」に基づいて作成されます。これは、民法第451条および「身元保証ニ関スル法律」(大正8年法律第49号)に基づいた保証契約です。
身元保証ニ関スル法律の概要
この古い法律(大正8年)は現在も有効です。主なポイントは以下の通りです:
条文 内容
第1条 身元保証契約は書面でしなければ無効
第2条 保証期間は最長5年(明記がなければ3年)
第3条 企業は、労働者に不適任な事情があると知った場合、保証人に通知する義務がある
第4条 保証人の責任を制限する(過失がないのに過大な請求は不可)
条文 内容
第1条 身元保証契約は書面でしなければ無効
第2条 保証期間は最長5年(明記がなければ3年)
第3条 企業は、労働者に不適任な事情があると知った場合、保証人に通知する義務がある
第4条 保証人の責任を制限する(過失がないのに過大な請求は不可)
保証契約としての性質
この契約は、労働者が企業に対して不正行為や過失によって損害を与えた場合に、保証人がその損害を賠償する責任を負うというものです。
ただし、すべての損害に対して無制限に保証するのではなく、保証には限度や条件が課されます。
ただし、すべての損害に対して無制限に保証するのではなく、保証には限度や条件が課されます。
保証の範囲
実務における身元保証書の必要性と限界
企業が身元保証書を求める理由
1. 金銭的損害に対する備え(横領・情報漏洩など)
2. 労働者の身元・人物の信頼性の確認
3. 社内外へのコンプライアンス姿勢のアピール
2. 労働者の身元・人物の信頼性の確認
3. 社内外へのコンプライアンス姿勢のアピール
しかし“万能ではない”ということを知る
身元保証書があるからといって、すべての損害に対して企業が保証人に無制限に請求できるわけではありません。以下のような制約があります。
• 単なる過失による損害には請求できない
• 企業側の管理不備や使用者責任が問われる場合もある
• 保証人の負担は“相当な範囲”に限定される
• 単なる過失による損害には請求できない
• 企業側の管理不備や使用者責任が問われる場合もある
• 保証人の負担は“相当な範囲”に限定される
有効な身元保証契約とするための要件
2020年4月1日に施行された民法改正により、身元保証書に関する重要な変更がありました。この改正は、身元保証人の保護を強化し、企業と保証人双方の責任範囲を明確にすることを目的としています。
以下の4点を満たしていなければ、身元保証契約は無効または限定的にしか機能しません。
以下の4点を満たしていなければ、身元保証契約は無効または限定的にしか機能しません。
書面での契約
保証契約は民法上、必ず書面が必要です(電子署名も可)。形式的であっても、署名と押印が明確に確認できる書類が必要です。
保証期間の明記
• 原則:5年まで
• 記載がない場合:3年とみなされる
• 保証期間を過ぎると自動的に契約は失効
• 期間満了後に契約を継続する場合は、新たに契約を締結する必要があります。自動更新や更新予約といった取り決めは無効とされます。
• 記載がない場合:3年とみなされる
• 保証期間を過ぎると自動的に契約は失効
• 期間満了後に契約を継続する場合は、新たに契約を締結する必要があります。自動更新や更新予約といった取り決めは無効とされます。
保証人の「真意による同意」
保証人が内容を理解しないまま署名している場合、契約は無効とされる可能性があります。例えば、以下のようなケースは危険です。
• 就職を急ぐ本人が家族に無理にサインさせる
• 企業が一方的な雛形を提示し、十分な説明を行わない
• 就職を急ぐ本人が家族に無理にサインさせる
• 企業が一方的な雛形を提示し、十分な説明を行わない
保証内容の「範囲と限度の明確化」
改正民法第465条の2により、個人が保証人となる根保証契約(一定の範囲に属する不特定の債務についての保証)では、保証人が責任を負う金額の上限額(極度額)を定めなければ、保証契約は無効とされます。これにより、身元保証書にも極度額の記載が必須となりました。極度額は、企業の業種や従業員の職務内容などを考慮して、合理的な金額を設定する必要があります。
以下のような記載が望まれます:
• 保証の対象:横領、不正行為、重大な過失に限定
• 保証限度額:上限◯◯万円
以下のような記載が望まれます:
• 保証の対象:横領、不正行為、重大な過失に限定
• 保証限度額:上限◯◯万円
保証人の義務と企業側の責任
保証人の責任が認められるケースとは?
• 労働者が横領等の不正を行った
• 重大なミスで企業に損害を与えた(軽微な過失は除く)
• 保証期間中であること
• 重大なミスで企業に損害を与えた(軽微な過失は除く)
• 保証期間中であること
企業が守るべき義務とは?
身元保証ニ関スル法律第3条により、企業は以下の情報を保証人に通知する義務を負います。
• 労働者に重大な問題があると知ったとき(例:懲戒処分歴)
• 配置転換などで職務が著しく変更されたとき
これを怠った場合、保証人の責任は軽減または免除される可能性があります。
• 労働者に重大な問題があると知ったとき(例:懲戒処分歴)
• 配置転換などで職務が著しく変更されたとき
これを怠った場合、保証人の責任は軽減または免除される可能性があります。
社労士が提案する安全な運用手順
身元保証書を安全かつ有効に運用するためには、法律上のリスクや実務上のトラブルを未然に防ぐ視点が欠かせません。
ここでは、社会保険労務士が推奨する4つの運用ステップをご紹介します。
ここでは、社会保険労務士が推奨する4つの運用ステップをご紹介します。
ひな形の見直しと整備
まず重要なのは、使用している「ひな形」の内容を定期的に見直し、整備することです。特に、保証の対象が広範囲に及ぶような包括的・過剰な文言は、裁判で無効とされる可能性があるため削除すべきです。そのうえで、保証人の責任範囲、賠償の上限額、保証の期間(例:3年または5年)などを、明確かつ合理的に記載するようにしましょう。こうした明確化は、企業と保証人双方にとってトラブル防止につながります。
保証人への丁寧な説明
保証人の同意を得るプロセスも非常に大切です。ただ書面に署名・押印してもらうだけでなく、契約内容をきちんと説明し、納得の上で署名してもらうことが原則です。可能であれば、労働者本人と保証人が同席した場で、企業側が契約内容を丁寧に説明するのが望ましいといえます。こうした対応により、「内容をよく知らなかった」といった後の紛争を避けることができます。
保証期間の満了管理と更新手続き
身元保証書の多くは、法律上最長でも5年と定められており、その期間を過ぎると保証の効力は自然に失われます。そのため、保証期間の管理をきちんと行い、満了前には再契約の手続きを取る必要があります。一般的には3年または5年ごとに更新を行うとよいでしょう。また、配置転換や職務内容の大きな変更がある場合には、保証人から改めて同意を得ることが望まれます。これは、変更によって保証の内容が事実上変更されることがあるためです。
社内規程との整合性の確保
最後に、身元保証書の内容が、就業規則や服務規程などの社内ルールと矛盾していないかを確認することも大切です。たとえば、損害賠償に関する規定や服務上の義務が社内規程と異なる場合、労働者との間で混乱が生じる可能性があります。全体として整合性を保った形で制度を設計・運用することが、トラブルを防ぐ鍵となります。
実務に使える「身元保証書」サンプル
【身元保証書サンプル】
私○○○○は、下記の者が貴社に入社するにあたり、以下の条件で保証いたします。
1. 保証対象者(被保証人): 氏名 ○○○○
2. 保証の対象: 故意または重大な過失によって生じた損害に限る
3. 保証期間: 令和○年○月○日 ~ 令和○年○月○日(最大5年)
4. 保証限度額: 最大300万円
5. その他: 被保証人の業務変更などがあった場合、通知を受けたうえで協議するものとする
署名・捺印
保証人氏名:○○○○
住所:○○県○○市○○町○丁目
電話番号:000-0000-0000
保証人署名:_____ 印
本人署名:_____ 印
保証人について同居/別居の別を含め法令上の規程はなく、会社で任意に定めることができます。
私○○○○は、下記の者が貴社に入社するにあたり、以下の条件で保証いたします。
1. 保証対象者(被保証人): 氏名 ○○○○
2. 保証の対象: 故意または重大な過失によって生じた損害に限る
3. 保証期間: 令和○年○月○日 ~ 令和○年○月○日(最大5年)
4. 保証限度額: 最大300万円
5. その他: 被保証人の業務変更などがあった場合、通知を受けたうえで協議するものとする
署名・捺印
保証人氏名:○○○○
住所:○○県○○市○○町○丁目
電話番号:000-0000-0000
保証人署名:_____ 印
本人署名:_____ 印
保証人について同居/別居の別を含め法令上の規程はなく、会社で任意に定めることができます。